職場で困ったこと

たまたまバイト募集で、野菜の皮むきの求人があり、誰でも簡単と書かれてあり興味があったため面接を受けました。面接の結果即採用となりました。

次の日から出勤となりドキドキして出勤日を向かえました。仕事の方達は親切な方達ばかりだと初めは思いました。毎日仕事の内容は「ニンジン」の皮をひたすら剥いたり、スライスされた野菜を袋に決まったグラムを入れる作業などでした。が作業服には、ポッケ等は全く無く、細かい作業をメモる事が私は出来ず困りました。

働いているボス的存在の方は、「簡単だし、誰もうちの会社はいじめないから他と違うよ」と話していましたが、細かい作業をするときに、私の事を離れたところから「◯◯ちゃんばかだからね」などいびり初めました。

自分なりには一生懸命やっていましたが、私が気に入らないらしく「いい加減おぼえてよ」など毎日注意されるようになりました。頑張っているうちに体を壊した私が辞める時にその方は、うちはいじめがないといってくれていたのに、「あんたを採用したくなかった私はね」と言われ、仕事をするうえで人は違う皮をかぶり接していたのだとかなり傷つきました。

今はすぐに人を信じられなくなってしまった職場でした。

建築関係の仕事

私は、建築関係の仕事をやっていました。金物工です。仕事は基本、二人ないし三人なのですが、親方はとても厳しい人で、口も悪かったです。

その頃の親方は調度今の私位の年でした。私の父親も同じ建築の金物工で、私の親方は父親の後輩にあたります。恐らく、父親が私の修行にだしたのだとおもいます。建築関係の仕事は朝が早く、朝が弱い私にはキツかったです。そして、夏は暑く、冬はさむいです。

私は図面が読めなかったので、親方の指示通りに動きます。建築金物は仕上げ業者でやり直しが効かないんで、常に緊張感を持って仕事をしてました。具体的にどんな仕事をするのかと言うと、手摺の取り付けだったり、外壁パネルだったり、天井の仕上げだったりします。

雑金と言って他にも色々しますが。溶接も使います。主にアーク溶接ですが。雨の日は感電します。それも嫌でしたね。色々資格もとりました。最終的には父親と働いていました。父親は滅多に怒ることはありませんでしたので、職場のストレスはなかったです。

しかし、父が亡くなり廃業しました。色々資格も取りましたが、もう建築の仕事につくことは無いでしょう。周りからは勿体ないと言われますが。

就職と年齢

数年前に正社員で働いていた会社が倒産しました。40代になっていたので、職業安定所に言っても初めの説明会で仕事はありませんよと言われました。

数年間時給のよいバイトを転々としまして、どこも能力はかってくれてそのまま長期で働いて欲しいと言われますが、正社員雇用は出来ない上に長期バイトだと時給が下がりますと言われました。

就職活動もしましたが、年齢で落とされます。応募の際に年齢を言うと大丈夫ですと言われますが、実際に面接に行くと採用する気が無いのがわかります。社員になりたいならこのテストをしてもらわなければならないと何度もコピーを重ねて文字が見え難くなっているようなテストをさせられたこともあります。

大卒ホヤホヤでもきっと解けないであろう嫌がらせのような問題が並んでいました。中には返事すら来ない会社もありました。年齢が高いと使いにくいとか退職まですぐとか、給料面でも雇いにくいのかもしれません。

でも、即戦力になるし若い方よりフットワークが軽く素直な方もたくさんいらっしゃると思います。今は会社側も法律に縛られすぎて、働きたくても時間が切られたりすることも多いように思います。こんな世の中でいいのかな?と疑問に感じます。

再就職の経緯

仕事に関して、小さい時は大人になったらしなくてはいけない事。という認識でした。学生になったら、高校や大学を卒業したら仕事をして、自分で稼ぐのが社会の常識。だから仕事をする。という認識でした。

専門学校を卒業して、社会人になり、上司との兼ね合い、スタッフとの人間関係、仕事を覚える大変さ、責任感、悩み、ストレスなど、沢山考えることが増えて、お金を稼ぐ事や社会人の大変さが身に染みました。

でも、逃げるわけにもいかず、必死に仕事を覚えました。仕事にも慣れた。20代、遊ぶお金の為だけに働いていました。そして、一通り遊んで、遊ぶことにも飽きた30代手前、仕事のやりがいの無さに嫌気がさし退職しました。

そして、今までは重視していなかった、仕事のやりがいを求めて再就職しました。そこから、がむしゃらに働き仕事の楽しさ、やりがい、悩みを経験し、お金の為だけに働くのが仕事では無い事に気づけました。

仕事って、当たり前のように存在している事ですが、実は自分が生きる上で、とても重要な事なんだと思うようになりました。

今まで仕事をずっと続けて学べた事や得たものは、私の宝です。この宝をこれからも、もっと増やしたいと思います!

無職の不安

仕事をしていない期間が長くなると、「自分の仕事ができない人間ではないか?」と不安になります。

1日仕事をして、一月分の給料もらう、そんな普通のことさえもできなくなったのではないか?世間から置いてきぼりにされているのではないか?と思います。

今まで自分が大事にしていたことは、今の時代に合ってなく、必要とされていないのではないか、とどんどんへんこんできます。段々と自分を過小評価してしまいます。

そんな不安を払拭するには仕事を見つけることなんでしょうね。書類選考で落ちたり、面接が散々だったり就活はなかなか厳しい。現実社会を突きつけられてはまた精神的に落ち込んでしまいます。

その繰り返しです。いつ糸口が見つかるのか。10年後の自分が今の自分に教えてくれればいいのに、とさえ、思います。

だけどそんなことは無理な話。

今は自分で自分を叱咤激励して立ち上がるしかない。自分の生き方に自信を持つしかない。自分を信じてあげるしかない。今までの自分の人生を自分だけは肯定してあげなくてはいけない。まだまだ大丈夫、やれる!と自分の心にエールを送らなくてはいけない!落ち込むのも自分。救うのも自分。頑張れ、私。

育児と仕事のバランス

自分自身、お酒が大好きです。いずれは独立したいと思い、調理師の資格を学生時代に取得しました。

また、学生時代は、居酒屋でアルバイトを4年間経験し、その後、居酒屋へ就職しました。お客さんの笑顔を見るのが大好きで、お客さんに喜ばれる誇りのある仕事だと思います。

また、常連さんが増えることが、本当に生きがいです。最高のサービスを提供することが自分にとっては、最高の喜びでもあり、天職だと感じています。また、大学時代では経営学も学びました。いずれは生かしたいと思いつつ、女である私は出産・育児と今は身動きできない状態です。

もちろん、子供の成長は、可愛くて育児は楽しくもあります。

しかし、いずれ子供の手が離れたら、再度、居酒屋にて働きたいという願望を捨てきれません。今すぐに居酒屋で働くとなると、夜が主要の仕事なので、小さい子を抱えてできる仕事ではないと思っています。

周りにも迷惑がたくさんかかりますし、子供から見ても嬉しくないものかな、と疑問です。願望を捨てきれず、歳だけとっていくという焦りも感じています。

育児のせいにしたくありませんが、居酒屋=夜に働くという仕事内容ですので、考え直す必要もあるのかもしれません。

仕事の完成度を高める

とある博物館に勤務する私の目下の仕事の悩みが「どこまでやればいいか」です。

経理や統計等の仕事についてはある程度決まったものがあるので、それに従って事務処理をしていけばいいのですが、問題となってくるのが展示です。基本的な展示方法はあると思うのですが、お客様の興味を引くことや見やすい、わかりやすいものであれば決まった結論がないのが展示作業です。

ただ単に資料を置くだけではそれだけの展示になりますが、展示台を利用したり、照明に工夫したり、キャプションをわかりやすくしたりと工夫次第ではどんどん良くなります。かといって、いっぱい手を加えたからといっていい展示になるかというとそうではなく、かえってごちゃごちゃしてしまい、見る側にとっては邪魔になるような場合もあります。

いろいろ試行錯誤しながらやっているのですが、一番こだわっているのが妥協しない事です。とりあえず自分のやろうと思っていることがあるとすれば、面倒だからとか、手間がかかるからといった事であきらめないようにはしています。

実際のお客様の反応は期待通りにいかないかもしれませんが、まず自分のできることはしっかりやることによって仕事に対する後悔を少なくしたいと思っています。